こんにちは。春新歓ブログリレー、木曜日担当の新川です。春休みの間は主に部屋で腐っていました。
なぜかまだ誰もこの企画では映画の話をしていませんが、僕も今回は別に映画の話というわけではなく、最近見かけり考えたりした色々なものを題材に、最近個人的に興味がわいた非対称性についてとりとめもなく書き連ねているだけです。この間観た『シャークネード カテゴリー2』について書こうとも思いましたが、よくよく考えるとわざわざ文章して語る内容ではないのでやめました。、まあ、色々なものへの興味が許容される雰囲気のサークルだということがわかってくれれば幸いです。
さて、僕は今『精神病者は何を創造したのか―アウトサイダー・アート/アール・ブリュットの原点―』という本を読んでいるのですが、この本の中で造形的創作の心理学上の基礎としてリズムや規則という”秩序への傾向”について語られる個所があります。この傾向は、並列や規則正しい変化、シンメトリー、比例関係といった、数字と数量、そしてその数学的関係に還元される秩序の原則への傾向とも言え、それは脈拍や呼吸、歩行のリズム、左右対称の人体構成、均整の取れた四肢といった人間の体格と動きで基礎づけられたものと、結晶や植物の持つ対称性、昼夜の交替、潮の干満、季節の巡りといった世界の法則によって見出されるものに分けられる、といったような内容から論を展開していきます。映画の構図やカットなどでも、容易にある種の幾何学的秩序への傾向が見いだせることが多いでしょう。
まあ、そういった内容はさておき、個人的には”左右対称の人体構成”という記述に違和感を覚えました。この本の筆者は精神科医なので、おそらくわかったうえで外観について単純化しただけなのでしょうが、人体は別に左右対称ではありません。利き腕や脳機能の局在性といった機能的部分のみでなく、形態的にも左右は非対称です。脾臓や肝臓のように左右どちらかにしかない臓器や、一本の管が曲がりくねることによってできる消化管はもちろんですが、肺や腎臓のような左右に1つずつの臓器でもその位置や形状は左右で違っています(肺は左右で裂の数が異なる、腎臓は右のほうがやや低い位置にあるなど)。男性諸君は、睾丸は多くの場合左のほうが下にあるといった話を聞いたことがあるのではないでしょうか。また、それに合わせて脈管にも左右差があります。正中を走る大きな血管でさえ、基本的ににどちらかによっています。具体例を挙げるときりがないのですが、とにかく人体の内部は全くと言ってよいほど左右対称ではありません。逆に、ここまで左右非対称な構成をしているものが、ガワだけでもかなり左右対称に見えることに驚くべきなのかもしれません。余談ですが、僕は左右の手で親指の長さと形が全く異なります。利き手のほうが短いので不便です。あと、左右で髭の生え方が違うので安易に蓄えられません。
また、人間は左右はある程度対称に見えるかもしれませんが、上下は全く対称的ではありません。少し前にこのことについて興味深い話を聞きました。それは多くの人間は鏡を見た際に左右が反転していると感じるが、別に反転するのは上下でも変わらないというものです。みなさんご存知のように鏡に映った像の座標は鏡の面と垂直な奥行の軸のみが反転されていて、左右も上下も反転されてはいません。しかし、普通に物体を回転移動させて奥行の軸を反転に合わせると、もう一軸反転してしまいます。つまり、普通に回転移動させると奥行ともう一軸が反転するはずなのに、鏡像は奥行の一軸しか反転してないので、左右軸がもう一回反転しているととらえることで帳尻を合わせているのです。またこの場合、帳尻を合わせる場合にもう一度反転させるのは上下軸でも別に構わないはずなのです。しかし人間は、頭が下になっているはずの像が上下反転しているとはとらえずに、左右が逆になっているはずの像が左右反転しているととらえてしまいます。これは人体の左右の対称性と上下の非対称性、重力によって作られる天地の認識に縛られるためです。つまり、人間は水平的には対称で、上下には非対称という、軸ごとに非対称的な認識を持った世界観の中で生きているということなのです。
人間の非対称性の形成について興味を持っていた有名で意外な人物にアラン・チューリングがいます。彼は、球体という完全な対称性を持った受精卵から、体軸が形成されるという自発的な対称性の破れ(物理学の方のは門外漢の僕には全く分からないです)がなぜ起きるのかということに興味を持っていました。体軸の形成は化学物質の拡散による濃度勾配によって引き起こされる現象なのですが、彼は均一な状態が拡散の効果によってかえって不安定化しやすいということを示しました(チューリング不安定性)。これによってチューリングパターンと呼ばれる縞模様が形成されることが知られていますが、これはある種の熱帯魚の模様の形成の説明に用いられています。こういった反応拡散現象はシマウマの縞模様などのパターン形成にも関係しているといわれています。
こういったある種のパターン形成が起きる化学反応系の一つにベルーゾフ・ジャボチンスキー反応というものがあります。これは化学反応が平衡へ向かう過程で周期的な振動を起こして、反応液にパターンを形成するというものですが、回転するらせん波のパターンが形成されることもあります。ねじの右巻き左巻きのようにらせんには非対称性があります。つまり、この系では非対称的なパターンが形成されるということです。らせんが非対称性を持つために面白い性質を持つ物質としてヘリセンがあります。ヘリセンは芳香環がらせん状につながった分子構造をしており、不斉炭素がないのにキラリティを持ちます。また有機化合物の光学異性体については、生体でのアミノ酸のL型への偏りのような部分が個人的に興味深いです。
長々と書いて結局何が言いたかったかというと、チューリングを題材にした(ただし今回書いたこととは一切関係のない業績が主題の)映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』が面白かったので、みんな観てくださいということです。