この秋映研入りまして初めてのお仕事らしいお仕事、心が折れそうですが頑張ります。高島です。
皆さん変身願望に覚えはないですか?例えば幼い頃、ベルト装着して変身!とか。魔法のグッズでシャランラー!とか。ちなみにわたくしはセーラーマーキュリーになりたかったです。世代です。
変身、と言われると文学部としてはフランツ・カフカの『変身』とか中島敦『山月記』とか答えたくなります。余談ですが、『浦島太郎』がお爺さんになって鶴になった後、竜宮城の亀に会いに行って仲睦まじく暮らしたらしい、とつい先日知りました。
すみません、映画の話をします。変身と言えばジョニー・デップです。変幻自在です。大好きです。
彼の演じるキャラクターでまず目に付くのはメイクと衣装ですが、それだけで本当に変身と言えるのでしょうか?私は言えないと思います。始めに触れました戦隊ヒーロー、美少女戦士、見た目だけなら仮装です。何このぴったりスーツ…とか公衆の面前でふりふりドレスはちょっと…とか思ってたら戦えないですよ。大切なのは心の変身、想像力です。
だからと言って体の変身が要らないかというとそうではありません。『変身』のザムザも、『山月記』の李徴も体が変わってしまったから心も変化したわけです。ヒーローなら、変身した!普通の俺もこれなら戦えるぜ!ということですね。
役者の話に戻せば、メイクや衣装は演技という彼らの想像力に必要なツールということになるのではないでしょうか。
映画にとって一番大切な想像力、それは監督のものです。監督の脳内でキャラクター、衣装、背景、音楽、カメラなど全てがどのように練られるかに全てかかってきます。それがなければ映画はただの映像になってしまう。監督の想像力の中で役者は駒となって動かなければならない、しかし動くためには役者自身の想像力を働かせて変身しなくてはいけない。映画を撮るって大変ですね。
しかも今日の映画はCGが使われることが多いですから、私の好きなティム・バートン、ジョニー・デップがコンビのファンタジーな世界観も、撮影時は緑一色とかざらです。脱帽です。
変身する、させるには想像力に身を任せないといけないと思います。羞恥心とか現実とか常識とかを超える想像力が働くとき、世界ごと変身させることができるのではないでしょうか。きっとそれが映画です。
あんまり実のある話ができた気はしませんが、私はいつもこんな風に色んなことをつらつら考えています。知識欲だけはあるので、優しい方いらっしゃいましたら何でもいいのでご教授ください。
書いてたらちょっと私も変身したくなってきたので、役者の起用とかあったら嬉しいです!おわりです!
映画の想像力と言われて直ぐに思いつくのはギレルモ・デル・トロの「パシフィック・リム」ですね。あのロボの実在感とギミックの豊かさは監督が目の前にロボット、怪獣がいると信じていないと出せないと思います。
変身願望といえば私はやはり女の人になってみたい。
変な意味ではなく好奇心としてですが。
小海さんのブログにもありましたが、カメラは監督の目なんですね。
「チャーリーとチョコレート工場」大好き!
あのジョニー・デップの変身っぷりは素晴らしいと思います。
ヘレナ・ボナム・カーターも素敵な変身です。
ジョニーと組んでるとため息が出ます。
変身、というと何か良く分からないものが外から入ってくるという感じと、何か身体の奥底に眠っていたものが外側に出てくる、という感じがあると思うのです。
ウルトラマンは外側から宇宙人が入ってくる訳だし、ザ・フライはハエが外側から入って来て(合体して)ハエ男になってしまう訳だし。今話題の寄生獣も。外から何かが内側に入ってくるっていう、侵食される感じ凄く怖いけれど、何処か魅惑的でもある。
逆にカフカの『変身』とか『山月記』とかは内側に眠っていたものが外側に出てくるパターン。
じゃあ、ジョニー・デップはどうなんだというと、世界ごと着こなしちゃう感じ。圧倒的ジョニー・デップフィールド。
p.s.変身を描いたアニメ『キルラキル』おすすめです
ファッショナブルな感じ、わかります!
どうして先輩方はこう腑に落ちる表現をしてくださるのか…